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眼が見えにくくなり、音も聞こえにくくなっています。美貌はまだまだかわいい女の子です。

ノルウェーの首都・オスロは三方を山で囲まれたフィヨルドです。

オスロ中央駅からすぐのところにオペラハウスがあります。35000枚の大理石で作られている建物です。

真夏の太陽に真っ白な建物がまぶしく 一番上の屋根までスロープになっていて 上からはオスロフィヨルドが眺められます。

大きな国際航路のクルーズ船もみることができます。
大理石のスロープは歩きやすく のんびり屋根をめがけて歩きました。


オスロ フィヨルドの海面から急角度で突き出た屋根でオペラハウス全体が公共の広場となっていました。
オペラハウスの建物の中に入ると「波の壁」と表現されたオーク材で作られた通路がありました。
4 階まで達する大きな壁で、内部には劇場があるそうです。

ガラス窓の内部はしっかりエアコンが聞いていて カフェもありました。



このほかオスロではムンクの「さけび」を所蔵することで有名な国立美術館の見学をしました。


ムンクの作品の部屋では写真撮影ができないことになっているのでしっかり眺めてきました。
ムンクの作品はどれも胸を締め付けられるような苦しさを描いたもので 絵葉書すら買う勇気が出ませんでした。

そのほかに ピカソセザンヌ、エルグレコ等貴重な絵も所蔵されていました。



美術館の絵画を説明していただける案内女性の解説によると
エドワードムンク父親は医者。
母親はムンクが5歳のときに亡くなったそうです。その後母代わりだった 姉も14歳のときに亡くしてしまいます。
二人とも結核を患った後 逝ってしまったそうです。
ムンクは幼いときの体験からいつも病気や狂気、死にとりつかれているという不安定な人物だったようです。
その不幸が大きければ大きいほど、ムンクの芸術は、自伝的な要素を強めていったらしいです。
ムンク自身の心理的弱点を、制作活動にぶつけたためどの作品もそれぞれの作品からは狂気を感じるほどでした。
ムンクの暗く、不安な精神世界を扱った作品は、人形の家の執筆者で有名なイプセン、哲学者のニーチェらの思想に通じるものであったらしい。
ムンクの若いころの自画像から見ると端正な顔立ちで、長身な外見でした。町を行けば女性が振り返るほどの美青年だったらしい。
そんなムンクなのに、なぜか不倫の恋ばかりして、嫉妬と不安に苦しむ恋愛を選んでいます。
幸せな結婚生活より孤独で虚しい恋愛を選び その虚しさを絵画にぶつけるという創作中心の生活を選択していたようです。
激しい恋のピストル事件まで引き起こしたりして どんどん自分を追いつめムンクは神経を病んでいったようです。
老後は ノルウェーに戻り 安定した絵画生活に入るそうですが 絵画からほとばしるような狂気を感じさせる絵は描けなくなったようでした。


ムンクが「さけび」を描いた場所に行きましたが 今はグリーン一杯の美しい展望所でした。

ムンクの版画がなければ通り過ぎるような場所でした。