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眼が見えにくくなり、音も聞こえにくくなっています。美貌はまだまだかわいい女の子です。

太陽が沈むナイル川西岸の砂漠地帯は、「死者の街」と呼ばれていました。

エジプト歴代のファラオ達は自分の地位、力を残そうと墓所作りに力を注ぎました。
だれにも盗難されないように誰も足を踏み入れない奥深い谷に永遠に安眠の墓所を作ったのです。
西岸遺跡の入り口に2体の巨像 名前はメムノーンがあります。

ここにどうしてこんな大きい像がと思わせる場所に高さ21mの像2体が並んでいるのです。
呼び名はギリシアの伝説トロイ戦争に登場するエチオピア王メムノーンだそうです。
背後にアメンホテプ3世の葬祭殿が控えていたらしくその入口の部分であったそうです。。
向かって右側の像は紀元前27年の地震によりヒビが入り、夜明けになると、うめき声や口笛のような音を発していたそうです。
今は修復されて 音は聞かれなくなったそうです。
王家の墓は西岸の岩山の間にピラミッドを思わせる山のそばにありました。

盗掘を免れるために作られたファラオたちの墓は現在も発掘中ですが 62箇所発見されているそうです。
ファラオたちの墓は撮影禁止で残念でした。
ツタンカーメンの墓は1922年にイギリスの考古学者、ハワード・カーターが発見しました。
運よく盗掘されていなかったため、豪華な副葬品を発掘することができたそうです。
ハワード・カーター氏が見つけたときの驚き・喜びはどんなだったでしょうか。
きっと体ごと震えるようなおもいだったでしょう。
ツタンカーメンの墓は若くして亡くなったこともあって他のファラオの墓と比べると小さく墓までの通路も短く壁画も少ないでした。

カイロの考古学博物館(館内撮影禁止)でツタンカーメンが発掘された時のものが展示されていました。
有名な黄金のマスクをはじめとして玉座 身の回りの品等が多数ありました。
いつまでも眺めていたい保存状態の良い素晴らしいものでした。
そのほかラムセス6世、セティ1世の墓を見学しました。
天井にある天体図に動物や人間の姿が星座になって描かれているのが印象的でした。

世界中から エジプトの発見されていないファラオの墓を求めて 今なお発掘している人たちがいました。
エジプトも国を挙げて新しいお墓を発掘しょうとしています。
発掘の瞬間の体の震えるような感動・・・・なんというロマンでしょうか。

古代エジプト建築最高傑作であるハトシェプスト女王葬祭殿は、紀元前1500年ころに最初の女王となったハトシェプストのための葬祭殿です。
ルクソール西岸・王家の谷の東側にある岸壁の傾斜を利用して建てられていました。
今も おしゃれなたたづまいで 観光客を受け入れていました。

1997年 イスラム原理主義過激派により日本人を含むたくさんの観光客が射殺された事件は記憶に新しい。
私はこの事件のためにエジプト旅行は15年延期しました。
エジプトは歴史も深く 芸術も素晴らしく魅力的なすばらしい国です。
エジプトでは女性は王になれなかったのですが ハトシェプストは才能豊かで英知に富んでいて長女として王位継承権を持っていることを利用して、自らが王になってしまいました。

カイロにある考古学博物館ではハトシェプストの像には男性のようにつけひげがありました。

今回の旅行ではエジプト女性がカラベイヤという黒い衣装で全身をつつみ眼だけ出している姿を街でみかけました。
エジプトで女性をみかけることは少ないのです。

街の中は男性がいっぱいで少し危険な香りがしました。